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白いしっぽの独り言

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覚悟を決めて

今日、予約したジャックラッセルテリアの子の予約金を振り込みした。
来月末には私のもとにやって来るだろう。

銀行の帰りにペットショップに寄って、サークルやら新しい食器やらを購入する。
新しい子犬がやって来るのは勿論楽しみなのだけれど、
何も知らずにしろを飼った15年前のように無邪気ではいられないのも事実。

これから先10年以上、ひとつの命を預かるということ、
それが一体どんな事なのか。
しろの最後の姿を知っているから、一層気が引き締まる思いになった。

どうやらペットショップで私の買い物の対応をしてくれた若い男の店員さんは、
犬を飼ったことがないのだろうなと思わせる返答やらで、
もっと勉強しろよと心の中で思ったり、そしてそんな事を思う自分に感心したり。

しろと過ごした15年、しろに教わった色んなこと。
それは確実に私の中で、次のワンコに引き継がれていくのだなと感慨深く思った。

しろにやってやれなかったこと、
こうすればよかったのではないかと思っていたこと、
生活面でも、しつけやアジリティーの面でも、
多々心に刻みついている事をもとに、新しいワンコと暮らしていこうと思った。


しろはいつまでも私の中でトップドッグ。
それはこの先例え何頭犬を飼おうが変わらないこと。
けむくじゃらの白いワンコ先生は永遠に健在なのです。
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しろの小さい頃、



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そして、今度来る予定の子。



名前はもう決まっていたりする。

しろ→白→はく

今度の子は「はく」となる予定。

「しろ」は、拾ってくれた子が漫画「クレヨンしんちゃん」の中の犬の名前から付けてくれた名前。
「はく」は、私がしろにちなんで、そして大好きなアニメ「千と千尋」の中の白龍の名前からとりました。



さてさて、どんな毎日になるのか。
しろとの日記がそうだったように、後で読み返すと、とても良い思い出になるので、
ここに赤裸々に、「はく」の飼育日記を残していこうと思っています(笑)






by sirorin-rin | 2018-09-28 18:36 | 飼い主のつぶやき | Comments(0)

自動運転

今日は朝から草刈。家の前のもと畑だった場所が、年取った持ち主さんが転んでしまって、
もう畑をやれなくなって数か月。
ジャングルですよ。なので、休みの日に少しずつ草刈りをしています。
鎌振り回していると、結構ストレス発散になるのね。
体は非常に疲れるけれど、こんにゃろーって草刈るとちょっと気が晴れる。



なんか、しろが死んでから、私性格が破綻しています。
やっぱりね、子供もいなくて旦那親同居で、フルタイムで仕事をしていて。
優しくなれない自分がいて、未熟な至りだけれど、どうしようもない。

多分、義理親たちも私の変貌に戸惑っているだろうし、
それは旦那もそうだと思う。正直、怖いって言われたし。
私も自分で自分がこんなに怖い人間だと思っていなかったしね。

確かにこうして平穏に暮らせているのはとっても有難い。
だから、ただただ感謝なのだけれど。
でも、毎日ただ働くだけ、ゆくゆく介護予定の、年金が無い義理親のご飯作っているだけの生活だと、
笑う機会がないのだよね。




懐かしいアジの学校からお返事が来て。
ラブの子供が生まれたよとのこと。大型犬じゃん。
ラブは今のタイミングでは飼えないなあ。
いくらアジ向きでも。それこそ同居の親がいなくなってから、
もしそういう機会があるなら挑戦できるかもしれないけれど。

最後は13キロに痩せていたけれど、
それでも、ぐったりとした13キロの中型犬のしろを抱えて病院に行くのは、正直大変だった。
ジャックラッセルはせいぜい5~6キロだという。
ならば、旅行もケージに入れて電車に乗れるし、もっと気軽に移動も出来るだろうからといのも、
重要な動機なのだな。

アジ学校の先生には、ジャックでアジをそのうちやりたいと返信。
了解のお返事が来る。そのうちね、そのうち。なんて思っていた。




今日の午後、
ネットを徘徊していて。
神がかり的な自動運転に陥った私。

一目惚れのラフコートのジャックの女の子を発見。
佐賀県というとんでもない遠距離のブリーダーさんだけれど、
思わず問い合わせをしてしまった。


そして、義理親たちに宣言も。来年まではしないつもりだったのに。
本日決行してしまった。
「決してあなたたちには関わってもらわないので、また犬を飼いますから!」
最近の私は家では真顔。いつも真顔。しろがいなくなってからあんまり笑わなくなったから。


ブリーダーさんからメールが来て、
予約金を28日に支払う予定にした
ということは、来月の終わりにはジャックの子犬が来る事になる。

しろが死んだ8月10日には思いも寄らなかった展開。
というか、今日の朝まで思いも寄らない展開。

でもなんか、本当に自動運転としかいいようがないのですよ。
何かに背を押されている感じです。


さて、どうなるのか。

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しろって、テリアミックスだったのよね。可愛かったなあ。












by sirorin-rin | 2018-09-25 20:02 | 飼い主のつぶやき | Comments(0)

こっそりと

今日、こっそりと。
しろと十年以上前に通っていたアジの学校にメール。

ネットで色々ジャックラッセルのブリーダーを眺めていたりしたのだけれど、
やっぱりアジ向きの犬って、アジの学校に聞いた方がいいかな・・と。

勿論、すぐにどうのこうのってわけではないけれど、
子犬が産まれるのだって、しょっちゅうではないだろうし。
聞いておくのだけなら、今からでもいいかなーと。

さて、どうお返事が来るやら。
学校のHPは凄くなっているけど、
あそこの先生方がネットに詳しくなったわけではないとは思うし(笑)
スタッフさん経由だろうから、気長にお返事を待つことにします。


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by sirorin-rin | 2018-09-24 21:06 | 飼い主のつぶやき | Comments(0)

最後の挑戦目標と決心

しろとの散歩もなくなった今、趣味と言えるのは昔からぼちぼちしている読書とドラマ鑑賞くらい。
本は図書館から、ドラマや映画はネットオンデマンド。

でも、やはり生活に張りが無くて。
旦那は何か趣味を見つければいいというけれど、夢中になれる趣味なんてそうそうない。
何かやろうという気力がわけば、生活の全てに張りが出るのは分かっているのだけれどね、
そんなに簡単じゃないよ。と、旦那に心の中で抗議していたり。

それに、旦那の両親(同居)が、次の犬を飼うのを拒否している。
散歩だって餌だって、医療費だって何もしないのにね。
「私が死んでからにして」だって。
遠慮なくすぐ死んでくだs

生活費光熱費全部出してて、その上毎月足りないからと現金までいくらか渡している。
夜間に具合が悪く成れば病院に連れていく同居嫁が、心から熱望しているのにね。
きっと、しろとご先祖がまだ次の犬を飼う時期じゃないよって、間接的に教えてくれているのかも。


でも、今日、色んな事を考えていて。
私もアラフィフ。残りの人生は多くない。

ならば、悔いなくやってみたいと思う事・・・と考えていて、
強く思い立った。



私、やっぱりもう一度、アジリティーがやりたい。
それもずっと憧れの犬種だった、ジャックラッセルと。本気で。


でも、この決心は来年のしろの命日、8月10日まで旦那に言う事もしません。
一年って、本当に色々あるし、色んな事が目まぐるしく変わるお中年の年ごろでもあるし。
(親が云々前に、自分が健康でなきゃ出来ないしね)

でも、ずっと心に秘めていてもやりたいと、一年後の私が思ったら、
反対されようが何されようが、実行します。
つか、反対される理由が私には分からないよ、まじ。
子供のいない私、旦那の両親と旦那の面倒みるためだけにここにいろって言うわけ?じゃあるまい。
ね、毎日ご供養を欠かさない、ご先祖様?



そんな事を思い立ったら、早速へそくりで毎月犬購入のための貯金を立ち上げて、
そして来年の8月の告知日までに、着々と計画を進めていこうと元気になりました。

しろがいなくなってから全くやる気がなかった残業だって、頑張っちゃいますとも。

安室ちゃんの引退宣言の反対(引用するか私。どうかお許しを)、
私、一年後に、
かつて、しろと引退したアジリティー復帰目指して頑張ります!



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by sirorin-rin | 2018-09-22 19:52 | 飼い主のつぶやき | Comments(0)

思い出

しろの写真とか動画とか、CDRを最初から見ている。とにかくすげー数(笑)
そして、しろも若くて、私と旦那もとても若い。

15年。

そうだよねー。
犬にとっては一生になる。
そして飼い主の人間にとっても、とても長い時間。


ひたすら懐かしい。
確かに、そこにその場所と時間に、しろも私たちも存在している。





まだアジリティーなんてものではなくて、
たどたどしく、ハードルを飛んでいた頃。

旦那とハンドラーをチェンジしたら、しろは飛んでもなくハッスルしたのでした。

まだしろが三歳にならない頃。
今からひと昔前の映像です。


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by sirorin-rin | 2018-09-18 22:02 | 飼い主のつぶやき | Comments(0)

悲しみの大きさの違い

縁があって今の仕事をして5年目。それは介護なのだけれど、
正直言って、自営で居酒屋をしていた頃に比べると、とても自分に合っていると思う。

今日の朝、なかなか朝ご飯を食べに起きてこない利用者の女性に声をかけに行ったら、
息子が来ないと泣いていた。
息子さんは今年の一月に亡くなっていて、会えにはもう来れない。
「何故、子供のくせに親の様子を見に来ないのか、薄情じゃないか」
そう泣きながら言う言葉に、慰めの言葉をかけながら私も涙してしまう。

私は犬だったけれど、愛する存在との死別は初めて。
それが子供である自分の息子に先立たれたとしたら、どれだけの苦しみだろう。

利用者さんは90歳を超えているので、
年齢なりの認知症があって、多分息子さんが死んだことは忘れてしまっている。
けれど、会えない辛さは忘れられないのだなーと、そんな事を思ったら、
人間ってのは、別れの数だけ傷ついて、
例え認知症になったとしても、愛しい存在と死別して二度と会えない悲しみを抱えたまま、
生きていかなきゃいけないのだと、
あらためて、人生の辛さを思い知りました。

その利用者さんは、年齢的に私よりもきっとずっとずっとたくさんの別れがあって、
ずっとずっとたくさんの悲しみを抱えても頑張って寿命を生きている、
そんな利用者さんを見ていたら、私は少し恥ずかしくなりました。

もっと、頑張ろうと思います。



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by sirorin-rin | 2018-09-15 18:59 | 飼い主のつぶやき | Comments(0)

色の無い毎日

水害や地震の被災者の方々の苦労を思えば、寿命を迎えた犬が死んでしまったからといって、
毎日嘆き悲しんで暮らすのは罰当たり。
こうして平穏の中で生かされている贅沢に感謝ばかりの日々なのだけれど、
やはりしろがいなくなってしまってから、日々に色が無くなってしまった気がする。

ため息ばかりで、仕事をしていても人に優しくなれない自分に気が付いて、
やはり愛犬を亡くした職場の人にそんなことを話すと、「癒されなくなっているからね」
と、一言言われた。

どれだけ私はしろに毎日癒されていたのか、その存在がいなくなって思い知らされたわけで。
最後の頃は、年を取って寝ているばかりの存在だったけれど、
それでもそこにいてくれるだけで良かったのだな、私を充電してくれていたのだな、
そんな事を思った夕方でした。

もう九月も半ば。
本当に時間が過ぎるのが早い気がする。
時間薬、あとどのくらいあれば、私の情緒が安定するのだろうか。しろがいなくても。


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by sirorin-rin | 2018-09-14 18:07 | 飼い主のつぶやき | Comments(0)

懐かしい動画

しろとアジリティーなんてものを始めようと思って、
笠間にある犬のしつけ教室に通い始めたわけではなくて、
あくまでも、あの時、しろと何か出来ないかと模索した結果だったっけ。

で、結局たどり着いたのは、
しろとのアジリティー。
本当にたくさんの経験と学び、楽しみをくれました。

っても、一筋縄でいったわけではなく。


この懐かしい動画は、
しろと犬学校に行き初めてしばらくしてから。


アジリティーをかじり始めた頃。


四本のハードルを飛べたところです。

https://www.youtube.com/watch?v=cprfQwRlf6g



by sirorin-rin | 2018-09-13 23:40 | 飼い主のつぶやき | Comments(0)

懐かしい思い出

不思議な事は、しろの写真とかを見ても悲しくはならないこと。
何でだろうかな。

でも、一緒に写っている私や旦那も若かったりして、
確かにその時を一緒に生きていたのだと、かけがえのない時間を一緒に過ごしていたのだと、
そんな事を無意識に思うせいかもしれない。

しばらく、懐かしい写真やら動画やらを振り返っていこうかなと思う。





これは今から9年前、しろとやっていたアジリティの動画。
懐かしいなあ。そして、私も若いです。


by sirorin-rin | 2018-09-11 20:45 | 飼い主のつぶやき | Comments(0)

今日はしろの月命日

しろが死んでしまって、今日で二か月目に入った。
もうまるまる一か月経ったのか・・・、その前後は時間の感覚がおかしくなっているので、
早いのか遅いのかも分からない。

糸井重里さんの愛犬ブイヨンも亡くなっていたのを知ったのは昨日。
14歳と数か月。記事をさかのぼって読んで、もう年齢的に犬を飼う事はないとあり、
身に迫って切なさを覚える。

保護犬は高齢者夫婦には譲ってもらえない事が多い。
確かに、犬も猫も十数年以上は生きる生き物。
独居の老人が飼いきれなくなった犬が多数保護団体に保護されているし。



私達夫婦はまだもう一匹は飼えるかもしれない年齢だけれど、
同居している旦那の両親が弱ってきているから、いつ何時何があるか分からない。
何よりも、またもう一度犬を飼う勇気が湧かないというのが、正直な今の気持ち。


しろがいる頃から拝読していた犬ブログの主人公の犬たちは、
ことごとく虹の橋を渡り、
新しい仔を迎えた方々のわんさんも、
気が付くと6歳なんて年齢になっていて、
あとどれだけ一緒に過ごせるのかと、人の犬なのに心配したりしている。

そして繰り返される別れ。
それまで一緒にいた月日がすっ飛ぶような、あの辛い別れ。



「犬は愛の形をしている」
糸井重里さんの言葉だったろうか。

非常に的を得ている表現だと思った。

普段の生活で、
私のまわりに、思いやりや気遣い、優しさというものはあるけれど、
しろがいなくなってしまって、
私の生活から「愛」はなくなってしまったと思う。

素直な気持ちとして、本音として。
きっとこれからもそうなんだろうと思う。



















by sirorin-rin | 2018-09-10 21:03 | 飼い主のつぶやき | Comments(0)

平成15年の夏、ゴミ捨て場に捨てられていた生ゴミ出身のしろとの生活。・・・・平成30年8月10日、15歳でしろは神様の元へ帰りました。そして、同年の10月25日、ジャックラッセルテリアの子犬「はく」がやって来ました。


by sirorin-rin